対話、親交、或いは漫才


ドアを開けると、先客がいた。

 昼下がりの穏やかな光が窓から差し込み、いつもは薄暗い部屋を僅かに明るく照らしている。けれど、部屋の三方を囲んだ棚に光が当たることはない。天井まで届くその棚に、隙間なく納められた本が傷むからだ。
 ジズの屋敷の一角にある書斎。ここには、比較的新しい本が収められているそうだ。それ以外の古い本はまた別の書庫に仕舞ってある。いつもはそちらの本を読んでいるのだが、今日はなんとなくこちらの書斎に来てみた。
 そこで、彼がいるのを見つけたのだ。

 ウォーカーは心の中で溜息をついた。そこにいたのは、彼と色違いの同じ姿。つまりは、彼の兄であるという、ロッソだった。
 ウォーカーは扉のところで立ち止まり、しばし中に入るのを躊躇った。まだ彼はこちらには気づいていないようだ。そっと扉を閉めて、立ち去ってしまおうか。しかし、そう思った矢先に彼がこちらを振り返る。そして、いつも半眼になっている目を少し開けて、軽く右手を振った。完全に気づかれてしまったようだ。こうなると、立ち去るのも気まずい。肩を落として、ウォーカーは部屋に入り、扉を閉めた。
 正直、この兄とは未だに馴染めない。いや、嫌いなのではない。だが、突然やって来られて、いきなり兄弟なのだと言われても、はいそうですかと親しくなれるわけがない。むしろ、他人同士なら全く人見知りなどしないのに、変に意識してしまい、結果避けてしまっている。どうやら、彼のほうは全く気にしていないようなのだが。
 隣に並ぶのも気が引けて、ウォーカーは入り口の左側にある、ロッソとは反対方向の棚に向かう。整然と並べられた本を見上げ、ざっと眺める。地球の名作と呼ばれている物語はほぼ把握しているが、どうやらここにはそのほとんどが揃っているようだ。
「…お前もこっちの部屋、来るんだ」
 声に振り返ると、先ほどまで後ろの棚を眺めていたはずのロッソが立っていた。気づかなかった。恐らく毛足の長い絨毯が足音を吸収してしまったのだろう。それにしても、気配が一切しなかったのはどういうわけだろうか。
 驚きを押し隠しつつ、ウォーカーは答える。
「なんとなく、気が向いたからね」
「ふーん」
 話しかけておいて、この気のない返事だ。それで完全に会話が断たれる。こうなってしまうとむしろ沈黙の方が気まずい。そこでウォーカーは気詰まりながらも会話を続ける。
「兄……さん、こそ、この部屋良く来てるんだ」
 まだ、呼びなれない。口にすると、やはり違和感が残る。呼ばれる方はそんなことは意に介さないのだろう、至って普通の答えが返ってくる。
「いや、俺もたまたま」
「……の、割には随分読む気満々みたいだけど」
 そう言ってウォーカーはロッソが抱えた本を指差す。分厚い本が、四冊。その全部が物語のようだ。普段科学書などの専門書しか読まないウォーカーには縁がないものである。
 ロッソはちらりとその本に目を落として言う。
「……黒いのが、面白いって言ってたから」
「……へぇ、ジズが、ね」
 思わぬところでジズの話題を出されて、ウォーカーは一瞬言葉に詰まった。そういえば以前にそんな話を聞いたような気もする。読んでみようと思ってはいたものの、読みかけの歴史書にかまけていて、すっかり忘れていた。
「お前も読めばいいのに。シェークスピアの四大悲劇ぐらい」
「……いや、悲劇はちょっと、ね」
 ただでさえ物語を読むのが苦手だというのに、いきなりそんな分厚いものを、しかも悲劇を読むなど重すぎるだろう。それを勧めてくる神経が分からない。
「もっと読み易いのはない?」
「……って言っても、俺も少ししか読んでないからな……」
 一応訊いてみたところ、案の定ロッソもそんなにたくさん物語を読んでいる訳ではないらしい。それで勧められたから、と四大悲劇に手を出そうというのだから、やはり彼の精神構造は理解できない。
 ロッソはしばらく首を傾げて(と言っても、傾げる首がないのでこの表現が合っているのかどうか、常々ウォーカーは疑問に思っているのだが)本棚を眺めていたのだが、やがて目当ての本を見つけたのか手を伸ばした。そこがウォーカーには届かない高さの棚だったため、ウォーカーは少し悔しく思う。
「これなんか…まぁまぁ良かったけど」
 そう言って、ロッソは一冊の本を差し出してくる。
「なに?」
「チャタレイ夫人の」
「ちょっと待ったぁぁ!!」
 ロッソが喋り終わる前に、思わず大声が出た。
「……何か問題でも?」
「うん、ちょっと、どう考えても無理」
「そうかなぁ……」
「無理ですホント無理です勘弁してください」
 ウォーカーは尚も差し出されるその本を両手で押し戻した。いくらなんでも、その本のあらすじぐらいは心得ている。だからか、ウォーカーの頬は若干赤い。理由は察していただきたい。
 ロッソはしばらくそれをウォーカーに押し付けようと格闘していたのだが、ウォーカーが断固拒否するのでしぶしぶ諦めて本棚に戻した。それを見て、ウォーカーは安堵の溜息をつく。が、それも束の間。
「…じゃあ、これは?」
 ロッソが別の本を差し出してきた。ウォーカーは胡乱気な目でその表紙を見やる。
「なに……『ソドム百二十日』……って待った、もっと酷い!」
「じゃこれは?」
「『毛皮を着たヴィーナス』……あのさぁ、兄さん本気でこれ読んでるわけ」
「………じゃ、これは?小説じゃないけど」
「『Psychopathia Sexualis』……いや、タイトルの時点で無理だよ、ホントに」
「ちなみに邦訳は変態…」
「言わなくていい!!」
 ウォーカーは肩をがっくりと落として大きな溜息をついた。その様子を見て、ロッソは少々不満げな表情で本を元あった位置に戻す。そんな兄をウォーカーはじとりと睨みつけた。
「……なんというか、感性を疑うよ」
「いや、なかなか興味深い資料だったけど」
「本当に読んだんだ……」
 その言葉になんの躊躇いもなく頷いて、ロッソはくるりと背を向けると部屋の真中にあるソファーに向かい、ぼすんと音を立てて座った。そして、ずっと脇に抱えていた本をテーブルに置くと、手始めに『リア王』を膝に乗せて広げる。そして本を読みながら、立ち尽くしたままのウォーカーに話しかけた。
「お前も恋愛小説のひとつやふたつくらい、読んだほうがいいと思うぞ」
「兄さんは恋愛小説をなんか勘違いしてないかい?」
 そう指摘するも、鮮やかに無視。ロッソは本当に読んでいるのか疑わしいスピードでページをめくり続ける。
 ウォーカーはもう何度目になるか分からない溜息をついて、再び本棚に向き直った。

 とりあえず、以前ジズが好きだと言っていた、確かシェイクスピアだったか。その名前を探す。喜劇だったら、ヴェニスの商人か、夏の夜の夢か。その辺があれば読んでみよう。幾つもの背表紙の上を目でなぞっていく。そして、一番上の棚に目当てのタイトルを見つけた。が、しかし。
(……届かない、な)
 ちら、と後ろを振り返った。ロッソだったら届くだろう。しかし、彼に頼むのは気が引ける。というか、癪だ。
 そういうわけで、部屋の隅においてあった踏み台を持ってくる。ウォーカーはけっして背が低いわけではないのだが、この部屋の本棚が高すぎるのだ。台に上って、少し背伸びをしてようやく手が届く。伸ばした指先を本の角に引っ掛け、どうにか取り出そうとした。
その時。
「そういやお前……黒いのとは上手くいってんの?」
「ぶっ……!」
 突然の、ロッソの唐突過ぎる一言。ウォーカーは思わず噴きだしてしまう。その拍子に、ぐらりと、足元がふらついた。まずい、と思って身体を支えようと本から手を離すも、遅い。一歩後ろに下がった右足は、空を踏んだ。
 結果。がたーんと大きな音を立てて、ウォーカーは強かに頭を床に打ちつけて倒れた。しかもとどめとばかりに、その上に本が落ちてくる。
「っ痛ぅ……」
「おー、漫画みたいな倒れ方だな」
 しかしロッソは助け起こそうともせずに、呑気にそう言った。自分の発言が原因だとは、露ほども思っていないようだ。
ウォーカーは自分の上に落ちた本を拾うと、憤然と立ち上がった。
「な…っ、なんてこと言うのさ」
「だから、黒いのとは上手くいってるのか、って」
 ロッソは平然と繰り返す。ストレート過ぎる質問だ。相手によってはセクシャルなハラスメントになりかねない。
「っ…別に、兄さんには関係ないだろ」
「いーじゃん別に、兄弟のよしみって奴で」
「プライバシーの侵害って言葉を知ってるかい?」
 ウォーカーはなるべく平静を保とうとしたが、少々声が上擦ってしまった。対するロッソは完璧すぎるほど無表情だ。顔だけ見ればとてもそんな下世話な質問をしているとは思えない。
 ロッソは尚も尋ねる。
「まぁ抱きしめるくらいはしたんだろ?」
「……教えない」
「キスまでした?」
「…教えないって」
「あ、まさか最後まで」
「だーかーら、教えないってば!」
 遂に声を荒げてしまう。意外と短気なのかもしれない。
 ウォーカーは勢いついでに、ロッソを指差して言った。
「そう言う兄さんはどうなのさ!」
「……何が?」
 思わぬ反撃に、ロッソは少し目を見開いた。それに少し気を良くしたウォーカーは、詰問を続ける。
「だから、白とは上手くいってるのか、って」
「えー…俺?」
 ロッソは少し面倒くさそうに頬をかいた。
「普通だよ、別に」
「普通じゃ分からない」
 ぴしゃりと言ってやると、少しだけ困ったように眉根を寄せた。ウォーカーは珍しく自分が優位に立っていることに少々の優越感を覚える。どうやらロッソ相手だと思考回路が子供っぽくなるらしい。
「具体例がないとね」
「具体例、ねぇ…」
 ロッソは首を捻った。言葉に詰まっているようだ。これを好機と、ウォーカーは続けて問うてやろうとした。


その時。


 コンコン、と柔らかい木の音がして、キィとドアが開いた。そして入ってきた人物を見て、ウォーカーとロッソは同じように眉を上げる。そんな二人を見て、同じようにその人物も意外そうな顔をした。
「……貴方達が一緒とは、珍しい」

 後ろ手にドアを閉めて、入ってきたのは。
「…白こそ、書斎に来るなんて珍しいね」
 この屋敷のもう一人の主人、白だった。丁度さっきまで話題に上っていた人物でもある。その白は、ウォーカーの言葉に眉をひそめた。
「この書斎は私のものですよ。貴方より来ている回数は多い筈ですが」
 心外だと言わんばかりの、辛辣な口調だ。ウォーカーは苦笑する。白相手に口で敵うはずもないから、言い返すことなど最初から諦めている。
「そうなんだ…まぁ、僕はあまりこっち来ないから」
「あー、白いの俺が来ると大抵居るよな」
 ロッソが誰に話しかけているのかよく分からない口調でそう言う。単なる独り言なのかもしれない。しかし、たまにしかここに来ないというロッソが大抵会うということは、
やはり白は頻繁にここを訪れているらしい。
「黒と違って、私は昔から読書家ですよ。まぁ、黒も最近は本に興味があるようですが」
 どこかの土星頭のせいで、と白は付け足した。ウォーカーには頬を掻くことしかできない。読書をすることは悪いことではないと思うのだが、おそらくジズの場合それが明らかにウォーカーの影響だということが気に喰わないのだろう。
 白は一つ咳払いをすると、ウォーカーを睨むのをやめる。
「まぁ…今日は本を読みに来たのではありません。二人ともいるなら丁度良い、探す手間が省けました」
 丁度良い、と言う割には、あまり面白くなさそうな表情で白は続ける。
「お茶の時間ですよ。黒が呼んでいます」
「あ…もうそんな時間か。ありがと白」
 時間を確認しようとぐるりと見回したのだが、この部屋には時計がないようだ。視線を白に戻して、ウォーカーは礼を言って微笑む。
 しかし友好的に接したにも関わらず、白はもう一度ウォーカーを睨みつける。
「勘違いしないでください。黒が呼んできてくれと頼むからですよ。私は本当は黒と二人でお茶がしたいんですから」
 どうやら本音のようだ。ウォーカーは再び苦笑する。それでも呼びに来るのだから、律儀なのか、ジズには弱いのか。そこを指摘するとさらに怒られそうなので、絶対に言わないのだが。
 ウォーカーは口を噤んで、持っていた本をテーブルの上に置いた。お茶が終わったら取りに来るつもりだ。ロッソもそうするつもりなのか、読みかけの本を閉じて机の上に重ねて置いた。どこから取り出したのか、しおりが挟んである。それを見るに、もう三分の一は読破したようである。一体どういう読み方をしたらそんなスピードで読めるのだろうか。今さらだが人間離れしている。そういう自分も人間ではないのだが。

 ロッソが立ち上がったのを確認すると、白は身を翻した。ウォーカーとロッソは並んでその後に続く。そこで、ふと、ロッソが口を開いた。
「あぁ、そうだ、白いの」
 呼び止められて、白は足を止め怪訝そうに振り返った。
「なんですか、赤土せ……」
 白の言葉は、途中で遮られた。ウォーカーは目をこれ以上ない程に見開いて立ち止まる。白も同じような表情をしていた。

 スタスタと白に歩み寄ったロッソは、そのままおもむろに白にキスをしたのだ。
 勿論、唇に。

「……っと」
 一秒足らずで唇を離して、ロッソは凍り付いているウォーカーの方を向いた。ちなみに、白も凍り付いているが、ロッソに気にする様子はない。
「具体例」
「…………はい?」
「だから、具体例。“普通”の」
「あ、あぁー……」
どうやらさっきの質問に答えたつもりらしい。真顔である。ウォーカーには引きつった笑みを浮かべることしか出来ない。ロッソの声を聞いて我に返ったのか、凍り付いていた白はみるみる真っ赤になり、俯いてしまった。しかし、その握り締められた拳が小刻みに震えているのを、ウォーカーは見逃していない。
よせばいいのに、ロッソはご丁寧に人差し指を立てて続ける。
「ちなみに二人だけの時はこの限りじゃない」
「…………」
 ウォーカーはノーコメントを貫いている。白からの反応はない。
 嫌な沈黙がその場を席巻した。
「…………っな、」
 その沈黙を破る軋んだ声。ウォーカーは、身の危険を感じて一歩後ろに下がろうとした。が、一瞬遅かった。
「何をするんですかっ、このバカ土星!」
 空気を切り裂くかのように白の細い足が伸び、鮮やかに弧を描いた。
 その爪先は寸分違わずロッソの頭部に向かう。
 しかしロッソは平然と、

 頭部を両手で取り外すと胸元まで下ろした。

 当然、白の回し蹴りは空を切る。そして、向かう先は。
「え、ちょっ……!」
 ウォーカーの声は途中で途切れた。悲鳴にもならない。
白の蹴りは、ウォーカーの頭にクリーンヒットし、壁際まで吹っ飛ばした。ウォーカーの頭は壁にぶつかり、ガツンと鈍い音を立てて床に落ちる。そのままウォーカーは沈黙した。身体があったら蹲っているところだろう。
「おー、クリティカルヒット」
 ロッソはひょいと頭部を元の位置に戻すと、少し傾けたりして調節した。まさかそんな避け方をされるとは思っていなかったのか、唖然としてロッソを見ていたのだが、
「もうっ……貴方達はお茶などしなくて結構です!私は行きますからね!」
 未だ真っ赤な顔をぷいと背け、スタスタと部屋の外に出て行ってしまった。自分が蹴り飛ばした対象が目的とは違っていたというのに、ウォーカーに謝るつもりはないらしい。毎度のことだが、だいぶ空しくなってくる。
 ウォーカーは、深い深い溜息をついた。そして、倒れた自分の体の隣に佇んだまま微動だにしないロッソを睨みつける。
「ちょっと……放置しないでくれるかな」
 情けないが、こうなってしまうと拾ってもらうしかない。自分で自分の頭を拾うわけにもいかないからだ。
 だというのに、ロッソはウォーカーの言葉に不思議そうな顔をした。そして、平然と言う。
「自分で拾えばいいだろ」
「はぁ?」
「え、だから、こうやって」
 ウォーカーが素っ頓狂な声を上げると、ロッソはまた頭を外し、
「頭が外れたら」
それを軽くソファーの上に放り投げた。
「歩いて取りに行けばいい」
 そしてなんと、そのまま頭のない体で歩み寄って、自分の頭を拾い上げた。ウォーカーは口をぽかんと開けてそれを見ている。酷くシュールな絵だ。
 ロッソは拾い上げた頭をまたもとに戻すと、ウォーカーの方を見て首を傾けた。
「な?」
「な?っじゃないから!無理だから常識的に考えて!!」
 ウォーカーは全力で突っ込みを入れた。確かに体の構造は同じはずだ。だが、ウォーカーの体は頭部が外れると倒れてしまい動かすことは一切出来ない。
「そーか?練習すれば結構いけるぞ」
「練習したの!?」
「風呂で頭洗うときとか、肩凝らないし」
「いちいち外して洗ってるわけ!?」
 いろいろと突っ込みどころが多すぎて、どこから突っ込めばいいのか分からない。ロッソは何がそんなにおかしいんだと言いたげな顔でウォーカーを見ている。
「……とにかく、僕は出来ないんだって。だから、拾ってくれないかな」
「ん」
 そう言うと、今度は素直に頷いた。最初からそうしてくれると助かるのだが。
 ロッソが近づいてくる。下から見ると、随分大きく見える。彼は肩膝をついてしゃがむと、意外と優しい手つきでウォーカーの頭を抱き上げた。
 丁度、向かい合って胸元に抱きかかえられるような形になる。まさに目と鼻の先にある双眸。こんなに近くで見たことなどなかった。なんとなくバツが悪くて、ウォーカーは俯いた。
 さっさと体に戻してくれればいいのに、ロッソはそのまましばらく動かなかった。ウォーカーは黙って待っていたのだが、些か不審に思って視線を上げる。
 目が合った。いつもの無表情で、ロッソは口を開く。
「…なぁ、」
「なに?」
「お前、今幸せ?」
 唐突な問いに面食らう。真面目に答えればいいのかどうか分からず、ウォーカーはひとまず答えた。
「頭が体と離れてる今の状況を指せば、不幸せかな」
「……そーじゃなくて」
 呆れた顔をされた。どうやら真面目な質問のつもりだったらしい。いつも同じような仏頂面をしているから分かりにくいのだ。
「今ここで、黒いのと、白いのと、ついでに俺と暮らしてて、それで幸せ?」
 そんな仏頂面のままで、そんなことを訊く。
 ウォーカーはしばし目を泳がせた。答えなど、迷う必要もない。けれど、面と向かって言うのは、なんだか気恥ずかしい。
 結局、ウォーカーは俯いて小さな声で言う。
「……幸せだよ」
「そっか」
 少しだけ、明るい声。顔を上げると、いつもの表情、いや、少しだけ、
(……笑った?)
 突然ロッソが立ち上がったので、その表情はすぐに見えなくなってしまう。けれど。確かに、今彼は笑っていた。
「それなら、良かった」
 上から降ってくる声はいつもより優しく響いた。
 その声を初めて、心地よいと思った。

 もう少し仲良くしてみてもいいかな、とウォーカーは思った。

「……ところで兄さん、早くもとに戻してくれないかな」
「えー、このままでいいじゃん。このまま運んでってやるよ」
「良くないから!」



    ...fin 

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