4月馬鹿はどちら様?

「ウォーカー、実は私、空が飛べるんですよ!」


ジズは実に嬉しそうな顔でそう言った。
ウォーカーは、ダイニングのドアを開けたまま硬直する。そんなウォーカーを、ジズはテーブルに両肘をつき両の手で頬を包んで、ニコニコと見ている。
幸せな朝の風景だ。

空が飛べる?というのはつまり宙に浮くということか。でもそれなら白はしょっちゅうやってるし…あ、でも確かにジズが飛んでるところは見たことないか。でも何でそれを今言う必要があるのかな?あぁそれにしても笑ったジズはいつにも増して可愛いな…。

だいたいこのようなことをウォーカーは硬直したまま考えた。最後の方は余り関係ない。

ジズは少し不満そうに首を傾げる。
「…驚かないんですか?」
「あ、いや…まぁ君幽霊だし、それもありかなって…」
そう言うと、ジズはキョトンとした顔をした。そして、目を泳がせたあと、力無く呟く。
「……そう言えば、そうでした」
そう言って、がっくりと肩を落とすジズ。ウォーカーは慌てた。どうやら突っ込んではいけないところだったらしい。
「ご、ごめんジズ、なんか悪いこと言った?」
「いえ…そうではないのですが」
慌ててジズの向かいに腰掛け身を乗り出すと、ジズは両手を振って否定した。
「じゃあ、なんでまたそんなことを?」
訊けば、壁に掛けられたカレンダーを指差す。今日の日付は、

「…エイプリルフール?」
ジズは、こっくりと頷いた。

「去年は白に散々からかわれたから、今年こそ誰かを騙してやろうと思ったのに…」
「それで僕?」
「白じゃ敵いませんもん」
ジズは頬杖をついて溜め息をついた。ウォーカーはジズに悟られないように苦笑する。自分は今日がエイプリルフールであると忘れていたから、或いは引っかかったかもしれないが、どちらにしろジズの嘘では誰も騙せない。というか嘘になってすらいない。
「ウォーカーは誰かに嘘つかないんですか?」
そう訊かれて、ウォーカーは首を傾ける。
「うーん…君に今更何か言っても通じないだろうし、白には僕も勝てなさそうだし」
「じゃあ…ロッソさんですか?」
「兄さんね…というか、兄さん知らないんじゃないかな、エイプリルフール」
地球に来て一年経ってないし、と言うと、尚更いいじゃないですか、などと言う。
「今キッチンで朝ご飯作ってますよ」
「いや、いいよ、僕嘘上手くないし…」
今度はウォーカーが両手を振って断る番だ。ジズはどうやらこういう悪戯が好きらしいが、ウォーカーはそうでもない。しかしジズにも強制するつもりはなかったのか、その話はあっさりそこで終わりになった。

「あとは…白だけだね」
「そうですね」
ジズは何故かやる気満々で拳を握りしめる。しかし可愛らしいだけで様になっていない。
「白には嘘は通じませんし…」
ジズはガッツポーズを作ると元気良く宣言した。
「今年は絶対騙されませんよ!」
「あ、黒、足元にゴキブリが」
「きゃあああどこですかどこですか!?」

ジズはガタンガタンと大袈裟な音を立てて椅子を蹴り飛び退いた。ウォーカーは声のした方を見る。

先ほどウォーカーが入ってきたドアのところに立って、白が実に愉しそうにクスクスと笑っていた。

「嘘ですよ黒。全く、貴方は実に良い反応をする」
その言葉に、テーブルから5m程離れたところでうずくまっていたジズは、恐る恐る顔を上げた。そして、自分が騙されたことに気づくと、みるみるうちに赤くなる。
「し、白…!酷いですよゴキブリは!」
「貴方去年も同じ嘘に引っかかったでしょう」
「うぅ…」
しれっと言う白に、黒は言い返すことも出来ない。結局、耳まで真っ赤になりながら席に戻った。そんなジズを、ウォーカーは苦笑しながら慰める。
そんな折。

「…なんだ、朝っぱらから何騒いでんだ?」
キッチンから、綺麗に朝食の盛られた皿を持ってロッソが出てきた。
ご丁寧にエプロンをつけている。最早彼にとって家事は趣味の領域らしい。
ロッソは相変わらずの無表情で言いながら、手際よく給仕する。と、その視線が白に止まった。
「あれ、白いの、今朝は早いじゃん」
白は寝起きが悪いのが常である。無理に起こそうとすると蹴られるから、ジズでも起こしにいかないのだ。ちなみにどうしても起こさなければいけない時は、どういう訳か最終的にウォーカーが行くことになる。お約束である。

偶には普通に起きますよ、と白は素っ気なく言った。そして開けたままだった扉を閉めて、おもむろにロッソに近寄る。

そして白はなんと、艶やかに微笑んでロッソに言ったのだ。




「…愛していますよ、ロッソ」




場が、凍る。


ジズもウォーカーも、白を凝視したまま動かない。ロッソも同じだ。そして当の白は微笑みを崩さないでいる。

「…あ、あぁ、そう……」
ロッソはようようそれだけ絞り出した。いつもどれだけ好きだと言おうと突っぱねられてきた白から突然愛の告白を受けたのだから、仕方ない。

呆然としていたウォーカーに、ジズが耳打ちしてくる。
(あの…ロッソさん、驚いてるんでしょうか?)
(いや、あれは…喜んでるんじゃないのかな。どっちかと言うと)
こそこそと話す2人をよそに、ロッソは頬をかいて口を開いた。若干頬が赤い気もする。

「まぁ…その、……俺も」「嘘です」



再び、場が凍る。


「……え」「だから、嘘です」


白は実にいい笑顔だ。

ロッソは目を瞬かせている。


「あ……あぁ、そう」


やっぱり絞り出すように、ロッソはそれだけ言った。さっきとは違う理由で。

(あの…ロッソさん……今度は)
(うん…あれは、ショックを受けてるね)
2人はまたこそこそと耳打ちしあった。
「……あ、俺、パン焼いてくるわ」
やがて、ロッソはそう言うとキッチンに戻った。しかしその足取りはふらふらと覚束ない。それを見て、ジズとウォーカーは顔を見合わせて溜め息をついた。
白だけが、満足そうな表情でジズの隣に座る。

「…ちょっと、キッチン行ってきまーす……」
仕方ないので、ウォーカーが立ち上がった。ちらりと白を伺うと、勝手にしろと言わんばかりに鼻で笑われた。


ウォーカーは、そっとキッチンを覗き込んだ。
「兄さ……」
声を途中で飲み込む。
ロッソがキッチンの隅で膝を抱えて座り込んでいたからだ。どうやらいつになく落ち込んでいるらしかった。
(今日がエイプリルフールだって、言った方がいいかなぁ…)
そう思いつつ、どのタイミングで声をかけようか、ウォーカーは思案し始めた。



一方。ジズは、キッチンの入り口で動かなくなったウォーカーを確認して、白に小声で話しかけた。
「白……ちゃんと言ってあげたらどうですか?」
「何をです?」
白はしらばっくれる。こちらを見ようともしない。ジズは珍しく諫めるように言う。
「だから…嘘だ、と言ったことの方が嘘だってことですよ」
「…………嫌ですよ」
やはりこちらを見ようともしない。ジズはその仮面に隠されていない方の顔をちらりと見た。…少し、頬が赤い。
「いつも私がからかわれているんです。偶には、いいでしょう」
「……いつもこんなな癖に」
笑いながら言うと、うるさいです、と軽く睨まれた。やっぱり、頬が赤い。

「素直じゃないですね、白は」
「ふん……どうせ、あの青土星が教えるんでしょうから、いいんですよ」





……その後、ロッソがショックから立ち直ったのは、日が暮れてからだったとか。




...fin

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